昔の国際恋愛

景気が良かった頃の日本の二昔前の国際恋愛 スリランカ花嫁

 

バブル時代のフィリピン人の嫁探しツアー。 これはかつて農村の嫁不足を解決するための苦肉の策…ということでしたが、嫁不足の解消として選ばれたのはフィリピン人だけではありませんでした。

スリランカ人女性も農村の花嫁としてずいぶん来日していました。

長野の農村で働く男性に嫁の来てが無いために最後の切り札として、選択したのがスリランカ。

なぜフィリピンではなく、スリランカだったのか。 理由はフィリピンの女性は英語もある程度わかるので、日本で他の外国人共交流でき、日本人男性も多少英語が出来る人もいるので、英語が共通語になると、日本人男性が立場的に弱くな李、日本語を習得してくれないというデメリットがあったからだそうです。

当時、スリランカの離婚率は非常に低く、男性に対して従順であったのも大きな理由でした。

スリランカ人女性が、詐欺同然の形で日本に連れて来られ、スリランカでは「日本でハイテク産業で就職」「医者と結婚できる」「日本の企業で1年間研修」という言葉で呼び集められ、日本へ。

一体どんなビザで来日したのでしょうか? 配偶者ビザはもってのほか、観光ビザも取れるかわからない人たちなのに…とにかく3ヶ月日本に滞在して、日本人男性と見合いを繰り返したようです。

見合い相手は農村男性、肉体労働者など。 寒村の嫁不足の担い手として来日させられた事に気づいた女性は、帰国する旨を仲介業者に依頼したところ、渡航費用、罰金を払えと言われたので、やむなく結婚しました。

地方の行政も、市町村の人口が減り、農業の担い手がいなくなったら破滅してしまうという危機感も大きかったため、このような仲介業者と結託して、見合いツアーを決行。

まるで買春ツアーのノリで、現地へ向かい、番号札を胸につけたスリランカ人女性とご対面。

英語が通じないため、僅かな意思疎通すら不可なので、「こんな結婚やってられるかっ!」と、日本人男性側も切れそうなものですが、むしろ英語も日本語も出来ないことがポイントなんですね。

言語が出来なければ、日本に言った時に行動範囲が狭まるし、外国人や日本人との交流もできません。

仕方なく日本人男性と結婚した彼女たちの多くは離婚。

離婚の理由は様々ですが、代表的なのが、

  • 姑との関係
  • 自国の風習を全て否定され、日本式の生活を強要される
  • 国際電話の禁止(80年代ですからね・・・ネットもなにもあったものではありません^^;) 国際電話代は高く付きます。
  • 言葉が通じない
  • 夫の性格や身体に問題有り。インポテンス、酒乱、暴力。
  • 同国人との接触を禁止される

 

これって・・・人権問題ですよね。今の日本で自治体が一緒になってこんなことをしていたら、アメリカの国務長官あたりからお叱りを受けるに決まっています。

生活、風習に慣れるのは並大抵のものではありません。 1,2年で慣れるとよく言いますが、個人差、年齢差によります。小さな子供ならまだしも、成人し、20年以上母国で育ってきた人間が、日本の農村で1,2年過ごしたくらいで慣れるものではありません。

姑からは「早く生活に慣れて欲しい」と言われ、農家の長男の嫁になったら、嫁などその家族の中では最下位の地位です。

二人の間に娘が生まれても、旦那や義母は

「娘には同じ苦労をさせたくないから、都会にやる。農家の娘にはさせない」

と言い、外国人の嫁には封建的な農家の娘としてのしきたりや習慣を強要する。 家の存続のためだけにあてがわれた・・・日本人の女性が担うべきところを外国人の女性が補っているとい図式で、当時(今もあるかもしれないけど)はすごい時代だったなと思いました。

 

1980年台の前半なんて、私は物心ついていませんでしたし、バブル時代がどんなものかはわかりません。 当時は、日本の女性も仕事をバリバリするか、大企業に一般職として入社し、男性社員の花嫁候補としての役割も大きかったとか…。

そして、農民、給与・学歴の低い男性には嫁の来てがない…。

それだけ、当時は嫁不足の問題が深刻だったってことですね。 嫁が来ないから最後の切り札として、外国から嫁さんを呼ぶ。当時の方針を批判するつもりはありませんが、仲介業者が悪質でしたな。

スリランカ人女性の知り合いはいませんが、スリランカ人男性ならいます。

私の知人でスリランカ人男性と結婚した人がいますが、男性がイスラム教なので相当苦労しています。 金銭感覚が日本人と全く異なっており、「貯金しない、散財しまくる、あればあるだけ使う」ので非常に困っています。養育費や、将来、家を買いたいので貯蓄するよう勧めるのですが、一切聞いてもらえず、返ってくるのは強力な拳。

DVがひどいため、現在知人は実家に帰っております。 子供が二人おり、小学校に通い始めたので生活が苦しいとこぼしていました。

ちょっと話がずれ始めました…。

受け入れるのはいいけれど、農村に嫁ぐこと、どんな生活を送るのかをハッキリ説明して花嫁を募集すれば良かったのに。

今こんなことを書いても仕方ないですが、『国際結婚』と言っても、いろいろありますなあ…。

外国人の彼女をネットで作っちゃおう!

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