昔の国際恋愛

フィリピン人女性を農村に迎えていた時代のトラブル

 

フィリピンと言ったらフィリピンパブっ!

というのが、私のちょっとした知り合いにいましたが…。フィリピンと聞くとパブを連想する人が結構多いものですねっ!!

80年台はフィリピン=農村花嫁でした。

嫁探しツアーでフィリピンへ。 そこで簡単なお見合いをしてからすぐに結婚。

手数料はなんだかんだで300万円ほど。

当時としてはかなり高いですよね。

彼女たちが抱く悩みはスリランカ人女性とほぼ同じです。

景気が良かった頃の日本の二昔前の国際恋愛 スリランカ花嫁

やはりラテン系の彼女たちにとっては、農村で過ごす日々は寂しくつらいものです。 当時の事を綴った本を読んでいると、外出禁止にする日本人男性が非常に多いです。

クリスマスや年越しは大騒ぎするのがフィリピン流。在日のフィリピン人のクリスマスパーティーにも参加させてもらえないという人もいました。

前近代的な家制度が続く農村ではさぞかし辛かったでしょうな。

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そんな家はまだまだ現存しています。

私の妻の知人のフィリピン人女性も千葉の農村に嫁ぎ、農作業と家事でてんてこ舞い。 土日もなく、ひたすら労働。姑や旦那からも一人の人間として扱われていない現状を聞きました。

  • 家族と一緒に食事をさせてもらえない(家族が食事をしている間、家事をしている) 一人で食事をするわけですが、すでに料理は冷めています。レンジを使って温めれば良い話ですが、それはもったいないからと言って、姑が許してくれないそうです。
  • なかなか外出させてもらえない。 家族揃って出かけることもないそうです。自分は家で家事をやり、旦那と姑が子供を連れて遊びに行く。 この時、私の妻とあった際は、「友達の誕生パーティーに出たいから」と言って、奇跡的に外出を許されたそうです。

でも、そのフィリピン人女性、とても明るいんですよね。これだけ大変な目にあっているのに、アレだけ明るいのは本当に大したものです。 手を見たら、働き者の手で、「風の谷のナウシカ」の城オジたちのようなたくましい手でした。

今では、フィリピンのみでなく、ベトナム、中国などから女性の農業・水産業研修生を受け入れ、1~3年の研修をしている間に男性従業員との関係を築き、結婚してもらう…というある程度自然な流れにはなってきているようですが。

インスタントお見合い国際結婚は博打に近いですね。 私の高校の同級生で「俺もいざとなったら外国人でもいいから結婚したい」とほざいていましたが、この手の男がいる限り、怪しげな国際お見合いは無くならないのでしょうな…。

外国人の彼女をネットで作っちゃおう!

海外で活躍するための選択肢

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