日記

白人女性との破局から復縁まで

2016/02/10

 

このサイトの読者ゆうとさんから「外国人女性との復縁」についてリクエストがあったので書きます^^;そう言えば復縁について書いていなかったんですよね~書こう書こうと思っていたけれど、つい書くのを忘れていました。

馴れ初めはこちらから:外国人女性との馴れ初め ファーストコンタクトは別にディープインパクトではなかった

妻と結婚する前、一時期分かれていたことがありました。空白期間は1年くらいでしたでしょうか。中国での留学を終えてそれぞれの母国へ帰り、学校へと戻って行きました。毎日手紙を書いたり、時々電話をして声を聞いたり。距離こそあるものの気持ちの上ではお互いに通じあっていたし、1年に1度や2度は彼女に会いに行っていましたし、彼女を日本に招聘したこともありました。

外国人女性パートナーと遠距離国際恋愛中でのコミュニケーションの取り方

私が通う学祭に合わせて招聘。彼女を連れて大学の知人に紹介して回ろうと思っていました。日本に来て数日、どうも彼女の様子がおかしい。他の男と私を比べて駄目だしばかりしてくるし、私が話すことに対して常に批判的な態度。

「これは…?」

と思っていたらある日の夜突然告げられたのが、

「もうあなたを愛してない…別れて!」

これを言いたいのをずっと我慢していた…。だけど、彼女の心はすでに決まっていたので、私はそれに気づかなかったんですね。

「お前はもう…すでに死んでいる!」

彼女の中ではすでに私の経絡秘孔を突き済みだったんです。
うまく行っていると完全に思い込んでいたので青天の霹靂。予想だにしない展開で心が完全に折られましたね。滞在期間はまだ2週間くらい残っていたしwで、次の日は学祭という最悪のパターン!

「今度彼女連れてくっからさっ!」的なノリで事前予告をしたためものすごく行きづらい…。できることなら学祭の役割分担すら投げ捨てて…旅に出てしまいたかった。役割分担をほっぽるわけにも行かないし、髪金の彼女連れて行くから!といった手前ドタキャンは無理。

連れて行きました。彼女としてきちんと紹介しましたよ。
これは辛かったなあ。付き合うまでの経緯を話したり、遠距離をどうやって克服してきたかなど。紹介した時点ではすでに克服できずにゲームオーバー状態でしたけど^^;大学の学祭をどうにか乗り切り、予定通り彼女との旅行に出ました。

日光とかディズニーシーとか、予定していたものはすべて消化しました。2週間がとても長かったです。一つ屋根の下で同じベッドに居ても全然性欲が湧いてこなかったのを覚えています。私の友人で彼女に別れを宣告されてから「別れる前に一回やらせて」と断って、1回だけでなく何回もしまくったのがいましたけど、到底そんな気にはなれませんでしたね。相当まいっていたのか愚息も全く反応せず。

 

2週間が過ぎ、彼女が日本を出国。
寂しいけど居なくなってせいせいした気持ち、でもやっぱり居て欲しい気持ち。もう心のなかはぐちゃぐちゃで飯もろくに喉を通らなかったですね。振られるとすぐに食欲が無くなるタイプの奴ですw私は。

彼女が滞在中ひたすら食い下がった。

「どうして別れるの!?」

「自分のどこがダメなのか言って欲しい」

「どうして付き合えないの?」

「他に男がいるんじゃないか?」

しつこく質問しまくりました。男がなんて女々しい…と思うかもしれませんが、自分は本当に女々しかったです。絶対にやっちゃいけないNGパターンですが…やっちゃうんですよね。駄目だしこそありましたが、

「それは別れる理由じゃない。理由はわからないけど、もう別れたい。どうしてもあなたを愛せない。別に他に男がいるわけではない」

とのことでした。それで納得が行かないためにまた同じような質問をしてしまう・・・。最悪な男でした。偉そうに記事を書いているけど、自分なんてこんなもんです。
1~2ヶ月くらいは奈落の底に落ちていた気分でした。

 

彼女に振られてから落ち着くためにしたこと。

写真、手紙の処分

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やっぱり見ちゃうんですよ。気分が落ち込んでいる時「昔はよかったなあ~。よりはすぐに戻せるんじゃないか」なんて思うと余計に悲しくなる。だから焼却しましたね。

男性は女性に振られても写真など思い出の品を残す人が多いと聞きますが、私には無理でした。あると想い出してしまうし前に進めない気がしたのです。かと言って、傷心中に他の女性に優しくされて流されるような昼メロ的な物語は起こりませんでした。

その間、彼女から「だいとは友達で居て欲しい。メールで連絡を取り続けたい」とメールが頻繁に来るようになりました。恋愛中よりも多い気がしました。でも、こちらは気持ちが塞いでいるしメールは見たくもありません。来たら見てしまうし、復縁に期待している自分が嫌だったので最終的には迷惑メールにぶち込んでいました。当時は着信拒否設定でたっけ・・・な。とにかく彼女のメールは見ませんでした。メールしてもどうせ読まないから送らないでと書いた覚えがあります。

でも、あれだけ醜態を晒し、まともな答えは聞けなかったけれども全力で足掻いたので時間が経つにつれて傷がほぼ癒やされました。就職活動や卒論で忙しかったし、趣味にもはまっていたのが良かったのかもしれません。

新しい恋をしたいな~。
という気持ちも湧いてきたのもこの頃。1~2ヶ月の凹み期間は長いのか短いのかわかりませんが、予想以上に立ち直りが早く、彼女に振られて数ヶ月経ったけど凹んでいる男を励ましていた覚えがありますwそれと、相談女からの相談件数も微増していきました。

相談女に警戒感を強める外国人女性

「日本人、外国人、国籍なんて問わないぜ~!俺は自由だ!」

と、すべての時間を自分に使えていたあの頃…今となってはとても懐かしく…愛おしい。
その間、同級生の娘とも絡みがありました。大学の頃ロシア系クオーターの肉食系女子の同級生にパクっ!と・・・朝起き抜けの彼女のラッシュは凄かった…。それから台湾人女性といい感じになったり、いろいろありました。

その当時元彼女(今の妻)は台湾に留学していました。台湾総統選挙で荒れ狂う台北市。暴動まがいのデモが起きたりとてんやわんやで怪我人続出、外国人にも被害が出たとあったので久しぶりに彼女にメールしました。

「もし無事だったら空メールでいいので返信してください」

本当に下心はありませんでした。復縁したいとかもう一度会いたいとか。

すぐに彼女から返信がありました。これがきっかけでしたね…復縁の。

復縁するまではメールのやり取りばかりでした。動画付きのMSNメッセンジャー(Skypeに統一された)はやりませんでした。卒論とか就活、アルバイトがめちゃくちゃ忙しくて時間もなかったですし、復縁を求められたメールを受け取ってもすぐに彼女の気持ちを受け入れられませんでした。お友達としてのメール交換のみでした。

こちらの書くメールと彼女の書くメールの熱量が違いすぎました。
私はクールでしたが、彼女は付き合っていた頃よりもメールの文量も多かったし熱量も高かったです。色々考えてみると…いや、考えなくても彼女のことが大好きだったし、また一緒になりたいと思うようになりました。やはり遠距離とは言え長い付き合いだったので情は捨てがたいもの。こちらからも改めて「もう一度付き合ってみよう」と伝えました。

復縁後、彼女から昔の手紙、写真を見たいと言われて多くを処分したことを伝えたら激昂しました^^;こちらは逆ギレ(したふり)して、

「それだけ辛かったし、それだけ好きだから写真や手紙を残すのは辛かったんだ。それだけ愛が深かったってこと」

と伝えたら黙りました。

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私が卒業する直前に彼女を日本に招聘しました。

「飛行機代…?ちゃんと私が貯めたわよ!」

と自費で来日。

 

再会はやっぱり嬉しかったですね!もう毎日毎日…一日に何回も貪りあっておりましたなあ…。心身ともにめでたく復縁。その後彼女と中国に一緒に駐在したり、旅行に行ったり…結婚して子供ができて…日本に戻って…と現在に至ります。

彼女と復縁したことで、大学の同級生たちは「やめときなよ~!(女子達)」と反対。男友達は「よかったな!」でしたけど、復縁しようとする女はやっぱり悪者扱いされるのかな・・・と思っていました。復縁してから急に冷たくなった女友達から告白されたこともありました。

「私…だいくんのこと好きやったんよ。(略)でももう…私はイタリアへ留学に行くからっ!」

と、去って行きました。

彼女がいる時はモテるパターンw

白人女性にもまれた男子は男子力が向上する!?

復縁する前だったら間違いなく付き合っていましたよ、確実に。いない時は全然ダメなのにね。自分は全然モテるタイプではありません。ただ、彼女(妻)と付き合っていた中でレディーファースト云々とか、気遣いしたり、釣った魚にエサをやり続けることを学び、行動パターンが染み付いていたと思います。

彼女に仕込まれていたのでしょう。他の女性に対しても細かい気配りができていたのかもしれません。

 

国際遠距離恋愛⇒破局⇒また恋愛⇒同棲⇒結婚

よくここまで漕ぎ着けましたwお互いに根が単純だったからうまく復縁出来たのだと思います。絶対に嫌いにはなれなかったし、お互い小細工を使って器用に気を引くことなんて考えなかったしできないタイプだったのが功を奏したのかもしれません。人間素直なら恋愛、結婚はなんとかなります!

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