国際恋愛・結婚の問題点

国際結婚の歴史をざっと振り返ってみる

 

国際結婚の手続きは行政書士にぶん投げて「はい、おしまい」で住む場合も多く、お金はかかるもののその方が確実です。

自分で手続きをした方が手続きが終わった後の感慨は深いですが…。

さて、日本の国際結婚について。

国際結婚は歴史の中で随分変わってきました。

歴史的な背景があって少しずつ少しずつ変化し、現在でも国籍の問題等があるのの、日本の国際結婚の黎明期の頃と比べたらだいぶマシになっています。

現在の日本の国際結婚の状況に至るまで、どんな経緯があったのかざっとまとめてみます。

明治以前

徳川幕府が鎖国を始めた時、イギリス人やオランダ人の日本人の妻や子供はジャカルタへ、ポルトガル人やスペイ人との子供たちもマカオへ追放されました。

1636年、マカオへ追放された日本人との間にできた子どもたちは287名、1639年には11名がジャカルタへ追放されました。

この中にお春という日本人とのハーフの人がいました。

お春についての記事は後日書くとして。

 

追放された理由はキリスト教の中でもカトリックへの畏怖という鎖国政策の一環だと思います。 当時、外国人の往来を禁ずる奉書にはクリスチャンとなった者を探した場合、褒美を与えるというキリシタン弾圧政策。 2つ目は南蛮人との子孫を残してはならない。 3つ目は南蛮人の子供を養育した養親とその子供は本来死刑。

この法律はびっくりですよね。

この法律を知ったのは、確か中学生の頃『お~い!竜馬!』を読んだ時に、小さいころの竜馬が漂流した異人をかくまっていた時に、「異人を匿うと死刑だ」ということが書いてありました。この話は架空ですが、異人を匿うと死刑になったのかと歴史の先生に聞いた覚えがあります^^;

 

それから明治へ・・・。

1873年明治6年に初めて日本国籍について布告がなされました。 内外人婚姻法規と呼ばれたものです。外国人と結婚するのに政府の許可が必要で、外国人と結婚する日本人の女性は日本の国籍を失い、日本人男性が外国人女性と結婚した場合、外国人女性は日本国籍を得るというものでした。

これが1899年明治32年の国籍法として引き継がれました。 主な内容は上記とほぼ同じですが、これでは夫の国籍が失くなってしまう場合があるので1916年大正5年に、夫の国籍を取得した時のみ日本国籍を失うと改正されました。

また、彼らの子供についても、父親が日本人である場合のみ日本国籍を認めました。父親が日本人である場合のみ---この法律が戦後の国籍法改正まで続いたわけですから、今となってはとんでもない法律がのさばっていたもんだなと思います。

 

新憲法になってから 第二次大戦後、新憲法が公布されました。

1950年昭和25年の国籍法改正が行われ、外国人との結婚による決まり事も変わりました。

外国人と結婚しても日本人女性は日本国籍を放棄する必要がなく、そのまま日本国籍でいられるようになりました。日本人男性と結婚する外国人女性は帰化することによって日本国籍を取ることができるようになりました。

しかし、帰化の条件も厳しく、男女差別は残っていました。 日本人の父を持つ子供は日本国籍を得られるものの、日本人女性の子供は日本国籍を認められませんでした。父系優先血統主義と呼ばれた国籍法でした。

こんな内容の法律が1985年まで続いていたんですから驚きです。

 

1985年女子差別撤廃条約

国連採択に日本が署名することになり、国内の男女差別をなくすために法律を改正。 これにより男女関係なく、両親のどちらかが日本人であればその子も日本国籍を持つことができるようになりました。ようやくここに来て性差別がなくなりました。

 

現在…。 婚外子についての問題は今でも収まりませんよね。

両親の結婚問題についてはケリがついていますが、子供の問題はなくならないですね。

二重国籍がなぜいけないのか。 これについても議論がたくさんされています。

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